大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 平成4年(行ウ)5号 判決

原告(選定当事者)

秋元春雄(X)

(ほか六名)

被告(長野県知事)

吉村午良(Y1)

同(長野県出納長)

上絛堅(Y2)

同(長野県教育長)

宮﨑和順(Y3)

同(長野県教育委員会委員長)

藤本三郎(Y4)

右四名訴訟代理人弁護士

宮澤建治

田下佳代

宮澤建治訴訟復代理人弁護士

中嶌知文

主文

一  本件訴えのうち、被告らに対し各自金一〇億三九六二万五一三三円の支払を求める部分を却下する。

二  原告らのその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、長野県に対し、各自金一〇億八二一五万四三八九円を支払え。

第二  事案の概要〔略〕

一  判断の前提となる事実

1  当事者〔略〕

2  招致委員会〔略〕

3  オリンピック招致に関する長野県の対応〔略〕

4  原告らが違法とする長野県の公金支出

(一) 別表記載のとおり、昭和六三年三月三一日から平成三年五月二日までの間、招致委員会に対し、合計九億二〇〇〇万円の交付金(以下「本件交付金」という。)が支出された。(当事者間に争いなし)

(二) 昭和六一年七月から平成三年六月までの間、長野市に派遣され招致委員会の職務に従事した長野県職員(以下「本件派遣職員」という。)に対し、給与が支払われた。(当事者間に争いなし。なお、原告らは、右給与の総額を一億〇九二八万八四九九円と主張している。)

(三) 平成元年一二月一日から平成三年八月までの間、推進室の関係経費として、次の各費用が支出された。

(1) 長野県職員の国内外への出張旅費

三六二四万三〇〇〇円

(2) 知事のバーミンガム市への出張経費(支出日平成三年六月三日、精算日同年七月三日)

二〇五万四八九〇円

合計 三八二九万七八九〇円

(金額につき〔証拠略〕、(2)の支出日及び精算日につき〔証拠略〕、その余の点につき当事者間に争いなし)

(四) 昭和六二年から平成三年までの間、長野県庁を訪れたIOC委員等の出迎えに動員された長野県職員に対し、給与が支払われた。(当事者間に争いなし。なお、右給与のうち、原告らが違法とするのは出迎えの勤務に係る部分であり、原告らはその総額を一四五六万八〇〇〇円と主張している。)

5  原告ら及び脱退原告らによる監査請求

原告ら及び脱退原告らは、平成四年六月一〇日、長野県監査委員に対し、本件交付金等について地方自治法二四二条一項に基づく監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、同委員会から、一部の支出については監査の対象とならず、その余の請求にも理由がない旨の監査結果の通知を受けたため、同年九月四日、右監査の結果を不服として本訴を提起した。(当事者間に争いなし)

二  争点

1  本件交付金の支出について

(一) 本案前の争点(監査請求期間の徒過)に関する当事者の主張

(被告らの主張)

本件交付金についての監査請求期間の起算点は、長野県から招致委員会に対し現実に交付金が支払われた日であるところ、原告らが本件監査請求をしたのは平成四年六月一〇日であり、招致委員会に対する最終の交付金が支払われた平成三年五月二日から一年以上経過している。また、本件交付金は県議会の議決を経て支出されたものである上、原告らのうち一部の者は公文書公開請求により平成二年三月一五日に昭和六二年度から平成元年度までの交付金の支出関係書類の交付を受け、その支出状況を把握していたのであり、平成二年度分以降の交付金の支出状況も同様の方法により知り得たはずであるから、原告らが監査請求期間を経過したことについて正当な理由のないことは明らかである。したがって、本件訴えのうち、本件交付金の支出を理由として被告らに対し各自金九億二〇〇〇万円の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていないので、不適法である。

(原告らの主張)

本件交付金は、招致委員会の個々の支出に対応して交付されたのではなく、漫然とした「招致活動」と称するものに概算払の形で交付されたものであり、また、一一回にわたって支出されているが、招致活動の継続性ないし連続性からすべての交付金の支出は一体のものとみなければならないから、本件交付金についての監査請求期間の起算点は、一一回目の交付金が支出された平成三年五月二日ではなく、一連の交付金の支出の効力が終えた日、すなわち、招致委員会が事業を終え解散した平成三年一〇月四日である。仮に、右起算点は平成三年五月二日であるとしても、本件交付金の使途が不明であること、招致委員会の招致活動も秘密裡に行われていたこと、原告らが本件交付金の最終支出日を実際に知ったのは本件監査請求の結果を見たときであること、平成三年度の長野県一般会計歳入歳出決算書が公表されたのは平成四年六月一〇日以後であることなどの事情に照らすと、地方自治法二四二条二項所定の監査請求期間の経過についての正当な理由があるというべきである。

(二) 本案に関する当事者の主張

(1) 地方自治法二三二条一項違反

(原告らの主張)

招致委員会は本件オリンピック競技大会の招致のみを目的とする団体であり、本件交付金は同委員会の経費に充てられたものであるところ、オリンピック招致活動は地方自治法二条八項別表第一所定の「スポーツの振興に必要な事務」(同表三四の二)その他同法二条の定める県の事務のいずれにも該当せず、したがって、同委員会に対する本件交付金の支出は長野県の事務を処理するために必要な経費の支弁ではないので、普通地方公共団体は当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費を支弁するものとする旨を定めた同法二三二条一項に違反する。

(被告らの主張)

オリンピック競技大会は、スポーツを通じ人類の平和を願い世界各国が友好の輪を拡げる祭典であり、同競技大会を長野県内の都市において開催することは、地方自治法二条二項、八項別表第一の三四の二及びスポーツ振興法に地方公共団体の一般行政事務として規定されているスポーツ振興につながるとともに、国際交流の推進を図り、生活基盤の整備、教育文化の向上に資するなど県政の発展に大きく貢献することになるから、同競技大会の招致推進事務は県の事務の一部であると解すべきである。そして、長野県では、招致委員会の活動は本来県の事務の一部であるオリンピック招致推進活動として行っているものであり、その活動に伴う費用は県の事務を処理するための経費に当たるとの理由から招致委員会に対し交付金を支出してきたものであり、何ら地方自治法二三二条一項に違反するものではない。

(2) 地方財政法二条一項、三条一項、四条一項及び地方自治法二条一三項違反

(原告らの主張)

本件交付金は、IOC委員会の投票によって実現するか否かが決まるという極めて確実性の低いオリンピック招致活動へ公金を支出したものである上、その金額の算出根拠が明らかでなく、支出に先立ち交付金の総額及び年割額が予め定められることもなかった。このような不確実な事業への無計画かつ無秩序な金員の交付により、当初計画の一億円の約一〇倍に当たる九億二〇〇〇万円もの公金が支出される結果となり、県の財政の健全な運営、予算の編成・執行等が阻害されたのであるから、本件交付金の支出は、健全な財政運営に努めるべき旨を定めた地方財政法二条一項、合理的な基準により経費を算定すべき旨を定めた同法三条一項、必要かつ最少の限度を超える経費の支出を禁止した同法四条一項及び最少の経費で最大の効果を挙げるべき旨を定めた地方自治法二条一三項に違反する。

(被告らの主張)

今日において行政の行うべき事務は非常に広範囲かつ多岐にわたっており、条件いかんによっては実現するかどうか不確実という面を有する事務もあるのであって、このような事務に対し公金の支出が一切許されないとすると積極的な行政活動の展開はほとんど不可能になるから、原告らの主張は行政事務の現実に対する理解を欠き、失当である。また、本件交付金の額は、昭和六三年の国内候補都市の決定以前はできる限り市町村が負担することを基本とし、同年六月の国内候補都市決定以降は国際的な活動を展開する段階を迎え県の役割が増大したことから市町村の負担金と同額を交付金として交付することを原則とし、また、同年二月から県スポーツ振興協力会募金が県に納入され、この寄付が県の行うスポーツ振興事業の一層の充実に資するためという趣旨のものであったことから、この点を踏まえ、寄付金の額も考慮しながら、招致委員会の事業計画を詳細に検討した上、決定したものである。さらに、オリンピック招致事務は、予め経費の総額や年割額を定めて執行できるものではなく、各年度ごとにそれまでの招致活動の成果などを参酌して展開していくものであるから、県がこれを単年度の事業ととらえ交付金を支出したことに何ら違法な点はない。本件交付金の支出が県の財政の健全な運営、予算の編成・執行等を阻害したという事実もない。

(3) 長野県補助金等交付規則三条、四条違反

(原告らの主張)

本件交付金の交付申請においては、事業の目的及び内容、事業経費の配分及び使用方法、交付を受けようとする金額の算出の基礎等が明らかにされておらず、確認しないまま交付決定したことは、これらを明らかにする書類を申請書に添付すべき旨を定めた長野県補助金等交付規則(以下「補助金等交付規則」という。)三条及び右書類の審査等を義務づけた同規則四条に違反する。また、招致委員会は、本件交付金をスポーツの振興とは全く関係のないIOC委員らの遊興接待等にも使用し、更に、交付決定に付された交付条件に違反して、保存しなければならない収支の内容を明らかにする証拠書類である会計帳簿等を毀棄したにもかかわらず、同委員会の二度目以降の交付申請に対しても交付決定がされ交付金が支出されており、これも同規則四条に違反する。

(被告らの主張)

補助金等交付規則二条一項では、「補助金等」として、〈1〉補助金〈2〉負担金(県に相当の反対給付のないものをいう。)〈3〉利子補給金(元利補給金を含む。)〈4〉その他相当の反対給付を受けない給付金を規定しており、さらに同規則の運用細目(昭和三四年三月三〇日三四監察第一号通達)では、右〈4〉の給付金について、県からの交付に対しこれに相当する事業等の成果すなわち利益効果が直接県に帰属しないものと定義している。本件交付金は、本来県が行う事務を招致委員会に委ねたことについての経費支弁であり、その利益効果は直接県にもたらされるものであるから、補助金等交付規則の適用は受けない。

(4) 長野県財務規則八〇条違反

(原告らの主張)

本件交付金は、概算払であるにもかかわらず一度も精算されていないので、概算払を受けた者がその精算をした後でなければその者に対して更に概算払をすることができない旨を定めた長野県財務規則八〇条に違反する。

(被告らの主張)

本件交付金は、招致委員会からの事業計画及び財政計画についての説明を基に総額を決定したものであり、その交付額は確定したものである。地方自治法二三二条の五及び同法施行令一六二条の「概算払」は、債務金額が確定していない場合の概略計算による支払方法であり、長野県財務規則八〇条の精算は未確定の債務金額の確定を趣旨とするものである。したがって、本件交付金の支払は、その性格上概算払ではなく、精算を必要としない手続である。なお、本件では同一年度において交付金を数回にわたり支払っているが、これは、招致委員会の事業計画及び資金計画を勘案し、確定した必要な交付額を必要な時期に分割して支払うことを予め約して支払ったものであり、概算払ではない。

(5) 地方自治法二条一五項違反

(原告らの主張)

以上のとおり、本件交付金の支出は法令に違反してなされたものであるから、法令に違反する事務処理を禁止した地方自治法二条一五項にも違反する。

2  本件派遣職員に対する給与の支払について

(一) 本案前の争点(監査請求期間の徒過)に関する当事者の主張

(被告らの主張)

本件派遣職員に対する給与の支払についての監査請求期間は、個々の給与が現実に支払われた時からそれぞれ起算すべきところ、平成三年六月九日以前に支払われた給与については、支払の時から一年以上経過した後に本件監査請求がされたことになる。なお、平成三年六月一〇日以降派遣職員一二名に対して支払われた給与の額は、二六〇九万二三六六円である。また、長野市への職員の派遣は、長野市との間で職員の派遣に関する協定書を取り交わした上で行われたものであり、招致委員会の活動も、国、県、市町村、民間団体が一丸となって公然と行われたものであることからすると、原告らに期間経過についての正当な理由がないことも明らかである。したがって、本件訴えのうち、本件派遣職員に対し給与を支払ったことを理由として被告らに対し各自金八三一九万六一三三円(原告らの主張額一億〇九二八万八四九九円から平成三年六月一〇日以降の支給額二六〇九万二三六六円を控除した金額)の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていないので、不適法である。

(二) 本案に関する当事者の主張

(1) 地方公務員法三五条違反

(原告らの主張)

被告らは、長野県の職員を、地方自治法二条の定める県の事務に当たらないオリンピック招致事務に従事させる目的で、職務専念義務免除の手続を取らずに長野市に派遣した上で招致委員会の業務に従事させていたものであるところ、これに対し給与を支払うことは、職員の職務専念義務を定めた地方公務員法三五条に違反する行為に対し公金を支出するものであり、違法である。

(被告らの主張)

招致委員会の活動は、同時に県の事務の性質をも有するものであるから、本件派遣職員は、派遣先において県がなすべき責を有する事務に従事したものであり、職務専念義務に反するものではない。よって、その職務を遂行した職員に対し、県が給与を支払うことは当然であり、何ら違法ではない。

(2) 地方自治法二五二条の一七第三項違反

(原告らの主張)

本件派遣職員の長野市への派遣は地方自治法二五二条の一七第一項所定の「派遣」であり、同条三項によれば派遣職員の給与は派遣を受けた地方公共団体が負担すべきものであるから、長野市に派遣した県職員に対する給与を長野県が支払うことは同条項に違反する。

(被告らの主張)

地方自治法二五二条の一七は、他の地方公共団体の求めに応じて行う職員の派遣について規定したものであり、この場合は、派遣を受ける地方公共団体の事務の管理、執行上の必要性に応じて派遣が行われるものであることから、派遣された職員の給与等は派遣を受けた地方公共団体が負担することとされているものである。本件派遣職員の長野市への派遣は、県の事務を処理するために必要であるとの判断から地方公務員法一七条一項に基づき「転任」の一形態としてこれを命じたものであり、長野市からの要請に応じて派遣したものではないから、地方自治法二五二条の一七第三項の適用は受けないものである。

(3) 地方自治法二条一五項違反

(原告らの主張)

招致委員会は長野県の機関ではない上、同委員会と長野県との間で事務委託契約も結ばれていないのであるから、長野県の職員が同委員会の事務に従事することは、法令等の規定に従って職務を遂行すべき旨を定めた地方公務員法三二条に違反するので、これに対し給与を支払うことは法令違反行為を禁止した地方自治法二条一五項に違反する。

(被告らの主張)

地方自治法二五二条の一七第一項や地方公務員法一七条一項の規定により職員の「派遣」ができることからも明らかなとおり、地方公共団体の職員が当該地方公共団体の機関以外のところで事務を遂行することも法律上予定されているのであって、県の職員が招致委員会において事務を行ったからといって直ちに地方公務員法三二条に違反するわけではない。

3  推進室の関係経費の支出について

(一) 本案前の争点(監査請求期間の徒過)に関する当事者の主張

(被告らの主張)

推進室関係の旅費のうち平成元年度分(八〇万九〇〇〇円)及び平成二年度分(二一〇五万二〇〇〇円)については、その支出の時から一年以上経過して本件監査請求がされたものである。したがって、本件訴えのうち、推進室の関係経費を支出したことを理由として被告らに対し各自金二一八六万一〇〇〇円(平成元年度分と平成二年度分の合計額)の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていないので、不適法である。

(二) 本案に関する当事者の主張

(1) 地方自治法二三二条一項違反

(原告らの主張)

推進室の行ったオリンピック招致活動は地方自治法二条の定める県の事務に当たらず、したがって、推進室関係経費の支出は長野県の事務を処理するために必要な経費の支弁ではないので、同法二二三条一項に違反する。

(被告らの主張)

推進室では、市町村との調整、県内部の調整、国との調整などのオリンピック招致事務を行ってきたものであるが、オリンピック招致事務は県の事務であるから、県が右の経費を支弁することは当然であり、何ら違法な点はない。

(2) 地方自治法二条一三項及び地方財政法四条違反

(原告らの主張)

仮に招致委員会の事務が長野県の事務であるとすれば、招致委員会と推進室という同じ内容の事務を処理する組織が二つも存在したことになり、招致委員会への本件交付金の支出のほかに、推進室関係経費をも支出したことは、地方自治法二条一三項及び地方財政法四条に違反する。

(被告らの主張)

招致委員会においては、地元の合意形成、JOC、IOCなどの関係機関への働きかけなど関係団体と一体となって実施することが効果的な事務が行われていたのに対し、推進室においては、県内の市町村との調整や県内部での調整などの事務が行われており、それぞれ異なった事務が行われていたのであるから、推進室関係の経費を支出したことは何ら地方自治法二条一三項、地方財政法四条に違反しない。

4  IOC委員等の出迎えの勤務に係る給与の支払について

(一) 本案前の争点に関する当事者の主張

(1) 監査請求の不存在

(被告らの主張)

県庁を訪れたIOC委員の出迎えに従事した県職員に支払われた給与については、原告らは監査請求をしていない。したがって、本件訴えのうち、右の点を理由として被告らに対し各自金一四五六万八〇〇〇円の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていないので、不適法である。

(2) 監査請求期間の徒過

(被告らの主張)

IOC委員の出迎えに従事した職員に対する給与の支払の大半は平成三年六月九日以前になされており、右の支払の点については、本件監査請求は請求期間を徒過してなされた不適法なものであるから、本件訴えのうち、右給与の支払についての損害賠償を求める部分も不適法である。

(二) 本案に関する当事者の主張

(原告らの主張)

被告らは、職務に支障があることを知りながら、多数回にわたり、長野県職員を本来の職務から離脱させてIOC委員等の出迎えに動員したものであり、この出迎えの勤務について給与を支払うことは、職務に専念すべき旨を定めた地方公務員法三〇条及び三五条に違反する行為に対し公金を支出するものであり、違法である。

(被告らの主張)

オリンピック招致事務は県の事務である以上、県庁を訪れたIOC委員を出迎えることも右の事務の一環であるから、出迎えに従事した職員はまさに県の事務を行ったものであり、これに対して給与を支払うことは当然のことで何ら違法な点はない。

5  本件各公金支出に対する被告らの関与の態様に関する当事者の主張

(原告らの主張)

被告吉村午良は、長野県知事としての権限において、その違法性を十分認識しながら、オリンピック招致活動に関する違法な県費の支出命令を出し、その支出等を指揮した。

被告上條堅は、長野県出納長としての責務を怠り、被告吉村午良の支出命令及びその原因となった支出負担行為が適法であるかどうか、また本件交付金が適正に使われているのか否かの確認を怠り続けた。

被告宮﨑和順は、長野県教育長として、本件交付金支出の原因となった支出負担行為の決議等を指揮した。

被告藤本三郎は、長野県教育委員会委員長として、同委員会のオリンピック招致活動に関する事務を指揮し続けた。

第三  当裁封所の判断

一  本件交付金の支出に関する本案前の争点(監査請求期間の徒過)について

1  監査請求期間の起算点について

地方自治法二四二条二項は、監査請求は「当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない。」と規定し(同項本文)、「正当な理由」があるときに限り、例外として、一年経過後も監査請求をすることができるとしている(同項ただし書)。このように監査請求の期間を定めた趣旨は、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為については、たとえそれが違法・不当なものであったとしても、いつまでも監査請求の対象となり得るとしておくことは法的安定性を損ない好ましくないので、速やかにこれを確定させようとすることにあるものと解される。そして、公金の支出については、現実に支出がされた日より後の時点からでないと監査請求ができないと解すべき理由はなく、右の早期確定の趣旨にかんがみ現実に支出がされた日をもって監査請求期間の起算点と解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件交付金は前後一一回にわたって支出されており、その個々の支出日がそれぞれについての監査請求期間の起算日ということになる。したがって、本件監査請求のうち本件交付金の支出に係る部分は、いずれについてもその支出日から一年以上経過した後にされたことになるので「正当な理由」がない限り不適法である。

2  監査請求期間経過の「正当な理由」について

地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」の解釈に当たっても、右(一)で述べた同条項の趣旨が尊重されるべきであるから、右の「正当な理由」があるとされるためには、住民が通常の注意力をもって調査しても当該行為の存在を知り得なかったか、あるいはこれを知っても客観的な障害により監査請求をすることができなかった場合のように、期間を経過したことにつき社会通念に照らしてやむを得ないと認められる事情の存することが必要であると解すべきである。

そこで、これを本件についてみると、〔証拠略〕によれば、本件交付金はいずれも予め長野県の歳出予算に「長野冬季オリンピック招致委員会交付金」として金額とともに計上され長野県議会の議決を受けたものであること、右のように計上されたことは予算説明書により明らかとなっており、その予算説明書は住民の閲覧に供されているものであること、原告江沢正雄は平成二年二月二六日に長野県教育長及び長野県知事に対して公文書公開請求を行い、同年三月一五日に昭和六二年度から平成元年度までの本件交付金の支出関係書類一切の公開を受けたこと、右公開された書類には右各年度分の本件交付金の支出日ないし支出予定日が明記されていたことが認められる。これらの事実によれば、長野県の住民である原告らは、通常の注意力をもってすれば、予算説明書の閲覧や公文書公開請求その他の方法による調査によって、本件交付金の各支出日から一年以内にそれぞれの交付の事実を了知して監査請求をすることが可能であったというべきであり、原告らに特に期間経過後の請求を認めるだけのやむを得ない事情が存するものとは認められない。

原告らは、本件交付金の使途が明らかでなく招致委員会の招致活動が秘密裡になされたことを問題としているが、招致活動の内容についてまで判明しなければ本件交付金の支出の事実を知り得ないものではなく、本件交付金の支出自体が秘密裡に行われたものでないことは右の認定事実に照らし明らかであるから、原告らの指摘する事情のみによって直ちに「正当な理由」があるものとすることはできない。

3  以上の次第で、本件監査請求のうち、本件交付金の支出を対象とする部分は、監査請求期間を徒過してなされた不適法なものであり、本件訴えのうち、本件交付金の支出を理由として被告らに対し各自金九億二〇〇〇万円の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていないことになるので、不適法な訴えとして却下を免れない。

二  本件派遣職員に対する給与の支払に関する争点について

1  本案前の争点(監査請求期間の徒過)について

前記一1の理由により、本件派遣職員に対する給与の支払についても、個々の給与が現実に支払われた日をもってそれぞれの監査請求期間の起算点と解するのが相当であるから、本件監査請求のうち平成三年六月九日以前に支払われた給与を対象とする部分は監査請求期間を経過してなされたものである。また、右の期間経過につき原告らに正当な理由があることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件監査請求のうち平成三年六月九日以前に支払われた給与を対象とする部分は不適法なものであるところ、〔証拠略〕によれば、平成三年六月一〇日以降に派遣職員に対し支払われた給与の額は二六〇九万二三六六円であることが認められるから、結局、本件訴えのうち、本件派遣職員に対し給与を支払ったことを理由として被告らに対し各自金八三一九万六一三三円(原告らの主張額一億〇九二八万八四九九円から平成三年六月一〇日以降の支給額二六〇九万二三六六円を控除した金額)の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていないことになるので、不適法である。

2  本案に関する争点について

(一) 地方公務員法三五条違反との点について

地方公務員法三五条は「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と規定している。本件において右規定にいう職務専念義務を免除する措置が取られなかったことは当事者間に争いがないので、本件派遣職員が招致委員会での職務に従事したことが右規定に違反するかどうかは、同委員会において本件派遣職員が右「当該地方公共団体がなすべき責を有する職務」に従事したといえるか否かにかかっているということができる。

そこで、この点について検討すると、前判示のとおり、招致委員会は本件オリンピック競技大会の長野招致を実現することを目的に設立された団体であり、その行う事務は広報活動、関係機関への働きかけ等専らオリンピック招致に関する事務であったから、本件派遣職員の従事した職務もこのようなオリンピック招致事務に関するものであったと推認できる。そして、オリンピック競技大会は、その理念や運営のあり方等に関しては様々な評価が可能であるにしても、沿革、歴史、規模及び注目度のいずれの点からみても屈指の国際スポーツ競技会であることは明らかであり、これを県内の都市において開催することができれば、住民の意識が高揚されるばかりでなく、施設の整備・拡充が行われるなどして、スポーツの振興が促され、また、国際的な交流を通じて教育文化の向上につながるなどの効果が期待できるから、オリンピック競技大会開催のための招致活動は、スポーツの振興に必要な事務(地方自治法二条八項別表第一の三四の二)、教育、文化に関する事務(同条三項五号)として、県の事務に含まれるものと解することができる。すなわち、招致委員会の行った招致事務は、長野県の立場からみれば、本来県の事務として独自に行うことのできる性質を有するものであり、たまたま関係諸団体との連携の必要性から設立した団体において派遣職員をして従事させたとしても、右の事務の性質が変わるものではない。

したがって、本件派遣職員は、招致委員会において、長野県がなすべき責を有する職務に従事したものといえるから、その行為が地方自治法三五条に違反するとはいえない。

(二) 地方自治法二五二条の一七第三項違反との点について

〔証拠略〕によれば、本件派遣職員を長野市へ派遣することにつき長野市側から派遣の要請はなかったことが認められる。そうすると、本件派遣職員の長野市への派遣は地方自治法二五二条の一七第一項に基づく「派遣」には当たらないから、この点に関する原告らの主張はその前提を欠き、理由がない。

(三) 地方自治法二条一五項違反との点について

原告らの主張は、要するに、地方公共団体の職員が当該地方公共団体の行政組織に属さない団体等の事務に従事するには、法令、条例等の規定によるか、事務委託契約に基づかなければならないのに、本件派遣職員の場合はこれらの根拠を欠いているから、これに対し給与を支払うことは違法であるというものである。

そこで検討すると、職員の職務専念義務について定める地方公務員法三五条の趣旨からすれば、地方公共団体も、職員に職務専念義務に違反する行動をさせるような措置を取ることは許されないと解するのが相当であり、このような見地からすると、地方公共団体がその行政組織に属しない団体等に職員を派遣しその職務に従事させる場合には、職員の職務専念義務に配慮し、これに反する事態を招致しないような対応が要求されるというべきである。しかしながら、地方公共団体において、その行政の的確な遂行を図る見地から、関係諸団体との密接な連携を保つため新たに団体を設立し、これに職員を派遣する必要性が存在することを否定することはできず、これを禁じた法令も存しないので、特別の法令上の根拠がある場合や明確な事務委託契約がある場合でなければ一切他の団体等に職員を派遣できないと解するのは相当でなく、それが職務専念義務に反しないとみられる場合又は職務専念義務違反の問題を生じないような措置を講じてされる場合には、法令等の特別の規定や事務委託契約に基づかない職員の派遣も許されるものと解すべきである。

したがって、この点に関する原告らの主張はその前提を誤っており、しかも、本件においては、前判示のとおり、職務専念義務に反しないとみられる場合に該当するのであるから、本件派遣職員に対する給与の支払に違法な点はない。

三  推進室の関係経費の支出に関する争点について

1  本案前の争点(監査請求期間の徒過)について

前記一1の理由により、推進室の関係経費の支出についても、個々の現実の支払日をもってそれぞれの監査請求期間の起算点と解するのが相当であるから、本件監査請求のうち平成三年六月九日以前に支払われた推進室関係経費を対象とする部分は監査請求期間を経過してなされたものである。また、右の期間経過につき原告らに正当な理由があることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件監査請求のうち平成三年六月九日以前に支払われた推進室関係経費を対象とする部分は不適法なものであるところ、〔証拠略〕によれば、平成三年六月九日以前に支払われた推進室関係経費のうちの旅費の額は少なくとも二一八六万一〇〇〇円であることが認められるから、結局、本件訴えのうち、推進室の関係経費を支出したことを理由として被告らに対し各自金二一八六万一〇〇〇円の支払を求める部分は、適法な監査請求を経ていないことになるので、不適法である。

2  本案に関する争点について

(一) 地方自治法二三二条一項違反との点について

前判示のとおり、推進室では県内の各市町村との調整や県内部での調整等のオリンピック招致事務を行っていたものであり、オリンピック招致事務は長野県の事務であるといえるから、推進室の関係経費を支出することは長野県の事務を処理するために必要な経費の支弁に当たり、地方自治法二三二条一項に違反するものではない。

(二) 地方自治法二条一三項及び地方財政法四条違反との点について

前判示のとおり、招致委員会と推進室では、オリンピック招致事務のうち、それぞれ異なった事務を行っていたのであるから、招致委員会への本件交付金の支出のほかに推進室関係経費を支出したからといって、それだけで直ちにこれが必要かつ最少の限度を超えた支出であるとすることはできず、地方自治法二条一三項及び地方財政法四条に違反するとはいえない。

四  IOC委員会等の出迎えの勤務に係る給与の支払に関する本案前の争点について

県庁を訪れたIOC委員等の出迎えに従事した県職員の給与の支払が本件監査請求の対象になっていたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、〔証拠略〕によれば、本件監査請求の趣旨は「長野県が、『長野冬季五輪招致委員会』に交付した交付金並びに、五輪招致活動に関連して支出した六億円余は違法又は、不当な支出であるから、地方自治法二四二条の第一項に基づき、県知事吉村午良、出納長上條堅、教育長宮崎和順、教育委員会委員長藤本三朗らは右記金額の一部又は全部を県へ返還するよう、措置を請求する。」というものであったこと、本件監査請求を受けた監査委員は、請求の内容、事実を証する書類及び陳述の内容から、本件交付金の支出、推進室関係経費の支出、本件派遣職員の給与の支出等が監査の対象であると判断したが、IOC委員等の出迎えに従事した県職員の給与の支出についてはこれが監査の対象に含まれているものとは判断できなかったことが認められる。そうすると、右出迎えに従事した県職員の給与の支出は本件監査請求の対象になっていなかったというほかなく、右支出については監査請求を経ていないということになる。

したがって、本件訴えのうち、右支出を理由として被告らに対し各自金一四五六万八〇〇〇円の支払を求める部分は、不適法である。

五  まとめ

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、本件訴えのうち被告らに対し各自金一〇億三九六二万五一三三円の支払を求める部分は不適法な訴えであるからこれを却下することとし、原告らのその余の訴えに係る請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 杉山愼治 古田孝夫)

別表 〔略〕

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例